手放すことで自由になった~自由と豊かな心が最高の贅沢!

手放すことで自由になった~自由と豊かな心が最高の贅沢!

縛られるとストレスがいっぱい

タイに住むようになってから気付いたことだが、日本にいた頃の私は様々なものに縛られていたとつくづく思う。

それは何かと言うと、妻や子供やその家族と仕事関係の様々な人たちだ。

妻がいれば妻のために働かなければならないし、子供ができればもっと働く必要がでてくるし、妻の家族と良好な付き合いをするために様々な気遣いが求められる。

仕事の面では上司に難題を突きつけられるし、お客さんとの対応の場合はより細やかな気遣いが求められるというわけだ。

それは誰もがやっている事だからと当然のように受け入れてきたのだが、悔しいことや腹立たしいこともたくさん経験して来たので、ストレスがいっぱいだったことも確かだ。

リタイア後は自分のために生きる

しかし、仕事を辞めるのと同時にそれらの人たちとは縁を切ったので、彼らからのストレスは今は皆無だ。

そうなってから振り返ってみると、仕事をしている時の約40年間には楽しいこともあったのだが、ほとんどは辛いことばかりだったような気がする。

だから、妻や子供や親戚や仕事のために自分を犠牲にして生きてきたと言ってもあながち過言ではないだろう。

ならば、リタイア後の人生は誰かのためにではなくて、自分のために生きても良いのでは無いだろうか?

移住すれば過去の縁は必要ない

ほぼすべての人と縁を切った私は、単身でタイに移住した。
同時に家や車も手放して、住民票さえも抜いたのだ。

それでわかったのは、生活環境を変えてしまえば過去に縁のあった人やモノは現在の自分には必要がないということだ。

だから、仮に縁を切らなかったとしても、時間の経過とともに縁が切れていくのは自然の成り行きだと言えるだろう。

もちろん、大事な人や尊敬する人もいるのだから旧交を温めていたいという気持ちもあるのだが、必要な接点がなくなればやっぱり縁は続かないと思う。

手放すことで自由になった

そうして何もかも手放してみると、すごく自由で身軽になっている自分に気が付いた。

それらが得られたためか、失ったものを残念に思う気持ちは全く無い。

というか、今までは意味もなくいっぱい抱えすぎていたという気さえする。そして、それらの多くは同調圧力や見栄がなければ抱える必要の無いものだったと思うのだ。

今の自分が持っているのはパソコンとスマホがほぼ全てだから、ほとんど身ひとつだと言っても良いだろう。

でも、家具がほぼフル装備のアパートに暮らしているからそれでも不便はなくて、生活必需品を少し買い足せばそれで充分なのだ。

自由と豊かな心が最高の贅沢!

手放すことで自由が得られたので、私は今後は極力身軽でいたいと思っている。

理想に思っているのは機内持ち込みのスーツケース1つで世界を旅することなので、余分なものは極力排することが望ましいのだ。

自由と豊かな心を得るのは最高の贅沢だから、それさえあれば他には何も要らない。

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